親切という言葉の意味を考えよう!語源から見る本当の意味!
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人に親切にしておいて損はない?!
時々、人に対して親切にすることを推奨するときに、こんなセリフを言う人がいます。
「人に親切にしておいて損はないよ!」
確かにその言葉の意味もわかりますが、実は私、ずいぶん前からこういう考え方には違和感があります。親切にするのは、ひいては自分に返ってくるからだという感覚が、なんだかしっくりこないのです。
「それの何が悪い?」と言われてしまいそうですが、私は人に親切にできて喜んでもらえた時、私もその人以上に顔はにんまり、心から幸せな気持ちがします。
あとでまた親切にした効果(?)が返って来るとか、そういうことなんてどうでもいいほどにです。というか、そんなことまで考えて親切にしているわけではなく、目の前にいるその人の助けになりたいと感じたからこそ、自分が動いただけのことです。
私はそんなに愛想の良いことはできなくて、本当は面倒くさいと感じながらも、嫌々人を手伝うなんてことは出来そうにありません。まぁ、出来るのは家族に対してだけです(笑)。
親切と言われる行為ができるのは、その時、その瞬間に、心の動く何かが発動したからにすぎません。
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「親切」はどうして「親」を「切る」なの?
さて恒例の子供の疑問解決コーナーです(笑)!今日は息子からの質問です。
今日も母は、息子の疑問に答えるため、がんばって調べました。
「親切」という言葉は、「思いやりをもって、人のために尽くすこと」という意味です。
ですが使われている漢字を見るとどうでしょう。「親」を「切る」と書きます。
「親を切って」どうして「親切」になるのでしょうか?
「親切」の「親」という言葉の意味は、「おや」という意味ではありません。「したしい」「身近な」という方の意味で使われています。他にも「親近感」「親密」などで使われる時と同じです。
一方「親切」の「切」も、「きる」という意味ではありません。「どうしても」と強く願う様子を表していて、「心から」とか「心底」といった意味になります。他にも「切望」「切迫」などで使われます。
ただ「切」という字は、それだけの意味ではなく、「ぴったりと合う」「行き届く」という意味も備えています。
これは例えば、大根などを切った時を思い浮かべてみてください。刃物で大根を切る時は、その刃先を大根にぴったりとつけて切ります。そしてその切り口は、合わせるとまたぴったりと合います。
この二つの漢字「親」「切」を合わせると、「親しく寄り添い、相手の思いに(ぴったりと)行届くようにする」といった意味合いになるそうです。
漢語的に表現すると、「親しきこと切なり」といった感じでしょうか。
ちなみに「親切」よりもさらに思い入れが強い場合は、漢語では「深切」を用い、当て字としては「心切」というものもあるそうです。
「親切」の本当の意味がわかって
長年「人に親切にしておいて損はない」という言葉に違和感を感じていた私ですが、息子の疑問をきっかけに調べてみて、なんだかスッキリしました。
奇跡的にですが、私の持つ感覚は、「親切」という言葉について、その成り立ちがきちんと合っていました。
親切にしたいという気持ちが発動して、動き、そして親切にした側もされた側も幸せな気持ちに満たされる。それが本当の「親切」です。見返りなんていりませんね!
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