「いつもありがとう(itsumo.arigato)」を使う理由
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ありがとうの語源
今日は、思わぬことで自分自身が使用してきたペンネームについて、考えさせられました。
私のペンネームは、ライターを始めた当初から「itsumo.arigato」です。これをペンネームに決めたのにはいくつかの理由があります。
「ありがとう」という言葉そのものの語源は、仏教の教えによるものです。お釈迦様のお話された教えを、簡単にご紹介するとこのようなお話になります。
「広い広い大海原に、100年に一度海面に顔を出すという盲目の亀がおりました。この盲目の亀が海面に顔を出す時、この大海原のどこかには真ん中に拳ほどの穴が開いた1本の丸太が浮かんでおりました。
さてこの大海原に浮かぶ丸太の穴に、盲目の亀がひょっこりと顔を通し、浮かび上がるというようなことはあるでしょうか?
おそらくそのようなことは、決してないとは言い切れませんが、確率を考えると大変難しいことでしょう。
お釈迦様は、人が人として生を受けるということは、この盲目の亀がどこにあるのかもわからない丸太の穴に顔を出すことよりも、さらにもっと難しいことで、すなわち『有り難い』ことであるとおっしゃられたそうです。」
このことから、「有り難い」ことに感謝の気持ちを表す言葉として、「ありがとう」という言葉が生まれたということです。
感謝することを忘れないように
「ありがとう」という言葉の反対は何だと思われますか?
「ありがとう」の言葉の反対は、「当たり前」という言葉であると言われています。私たちは、どんなに初めは感謝していても、それが毎回になると、当たり前になってしまいがちです。
私自身、学生の頃に大きな病気をしたり、交通事故に遭ったりと、それなりに命にかかわる大きな出来事を経験しています。また阪神淡路大震災においては、同じ大学で同じ学部、そしてゼミまで同じだった友人を1人亡くしています。
そのような経験もあり、自分自身が今こうして元気に過ごしていられるのは、何か大きな力が働き、何かしらの使命があって生かされているという気持ちを大きく持つに至りました。
しかしそれでも、「当たり前」に感じてしまう日がないというわけではなく、時おり自分の横柄さに反省しきりとなることがあります。
そこで私は、ウェブ上でのこのお仕事をさせていただくきっかけをいただいた時、いろんなお世話になる人々に、決して感謝の気持ちを忘れることの無いようにという、自分自身への戒めとして「itsumo.arigato(いつもありがとう)」というペンネームを使わせていただくことにしました。
お友達の言葉にあらためて…
今日、会うお約束をして、あるお友達と楽しい時間を過ごしました。その時のおしゃべりの中で、ちょうど「ありがとう」の言葉の力について、素敵なお話を伺いました。
そのお友達は、私が「itsumo.arigato」であることは知らなかったので、その言葉が出てきたことに、大変驚きました。
「『ありがとう』という言葉の言霊の力を信じて、なかなか素直にありがとうと言えない人に対して、注意深く常日頃から、『ありがとう』の言葉をかけることにしたそうです。
するとどうでしょう!やがて『ありがとう』の言葉をかけられ続けていた人から、自然と『ありがとう』の言葉が返ってくるようになったというのです。」
お友達のお話では、「ありがとう」の言葉というのは、全ての言葉の中でも一番良い言葉で、力を持つ言葉なんだそうです。
そのお話をきいて、私も自分のペンネームを改めて誇りに思い、そしてその名前を使っていこうと決めた自分を誇らしく感じました。
大変なことも、辛いことも、悲しいことも、楽しいことも、うれしいことも、いろんなことの起こる人生において、「ありがとう」の言葉と共に感謝する気持ちをけっして忘れることなく、これからもがんばっていきたいと、あらためて強く感じた今日なのでした。
今日からもっと意識して、大切な人へ「ありがとう」の言葉をかけていきたいと思います。
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